2006年03月31日

夜の淵

 きょうも会社にお泊りなので、本日第二弾のはつもの音楽シリーズを。

 わたしがはじめて行ったコンサートは

 さだまさし

 である。
 たしか、小学生のころ父と母と鳥取の厚生年金会館的な場所に観に行った。
 いちばん覚えていることは

 よくしゃべる

 だった。半分以上はしゃべっていた。これではコンサートというよりトークショウではないか。まさしのコンサートについてはこの程度のおもいでしかない。
 わたしのまさしについての思い出は、いつも遠出の夜の帰り道におとずれた。
 休日に母や父と鳥取市や米子市に出かける。買い物をして、おいしいものを食べて、日が暮れたら帰る。帰りの車の中、はじめは今日の出来事についての会話で盛り上がる。だがしだいに疲れが出てきてうとうとし始める。そして目が覚めるとみんな黙っている。話すこともなくなり、疲れに身を任せ黙っている。窓の外には夜の日本海と、すれ違う車のヘッドライト。そんな景色の中にいるとさみしくなってくる。こわくなってくる。ひとりっぼちだと思う。小学生ながらにもそんなことを思っていたと思う。そしてそんな気分のときに、決まってカーステからは

 さだまさし

 がながれるのだ。
 あのふるえた細い声。つまびくアコギ。
 うおぉぉまえぇうおぉぉよめにぃぃぃ~
 それはさみしさを呼ぶ音。

 そしてわたしは母や父が死んだ時のことを思った。なぜだかそのことが頭から離れなくなって、泣きそうになった。その時がいつかやってくるのがいやでいやでしょうがなかった。誰も何もしゃべらず、わたしもずっと黙って夜の9号線の風景をみていた。
 さだまさしはまだ歌っていて、車は千代川を渡っていた。

 いまでもわたしは、さだまさしを聴くと、この時のことをありありと思い出す。いつか母が死に、父が死んだとき(この部分はかぐや姫『妹よ』)、やっぱりさだまさしを・・・聴くもんか!なにがmottainaiだ!ということで、まったくきりがよくならないので、強引に終わらせて仕事に戻ります。

 p.s.これでさだまさしファンがここに飛んでくるかしら?ちなみに変換すると定正氏になる。
posted by カフニ at 02:31| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | music is… | 更新情報をチェックする
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